Column

エジプト映画『ヤギのアリーとイブラヒム』

2017.09.12
よもやま話バリアフリー歴史異文化社会情勢

 

国立民族博物館 開館40周年記念「エジプト映画『ヤギのアリーとイブラヒム』」上映会に参加しました。

白く美しい子ヤギを「婚約者」とするアリー。家族代々受け継がれた謎の「耳鳴り」に苦しむ音楽家イブラヒム。ひょんな事情から出会った若者二人が、子ヤギを連れて旅に出るロードムービーです。

作中には手話による会話シーンも。異文化の手話と無音の世界を感じるとともに、聴覚障害者も楽しめるよう、音響を解説する日本語字幕(環境音字幕)が用いられています。

上映後は本作の監督シェリーフ・エル=ベンダーリー氏を迎え、制作裏話も明かされたトークイベントで盛り上がりました。

 

住み慣れた街カイロを旅立ち、いわゆる「自分探しの旅」に出る青年二人の背景には、エジプトの若者たちが抱える「就職」と「結婚」の問題があります。

まもなく1億人を越えるとも言われている人口の、約60%を29歳以下が占める「若者の国」エジプト。

逆ピラミッド型の日本の人口分布図とは正反対で、国の将来も税収もさぞ安泰かと思いきや、ずっと以前から若者の失業率がとても高いのは周知の事実です。

彼らの多くは大学を卒業し、特に男性は社会通例として定職がなければ結婚できないことから、より安定した企業への就職を希望していますが、そもそも企業の絶対数が少ない、大学等で培った専門知識が必要とされる市場が小さいなど、たとえ高学歴であっても苦しい就職競争を強いられているのが現状です。

特に「アラブの春」以降の不安定な社会情勢や過激派組織の暗躍など、「非常」がすでに「日常」となっている現実は、若年層の生活環境をより厳しいものにしています。

 

ファンタジックな要素を含んだ一見ハートウォーミングな本作において、生き辛さを抱えて自身の未来を自由に描けない二人の姿は、極めてリアルなエジプトの若者像です。また、その苦悩は歴史の捻れや歪みに伴った自国社会の諸問題に翻弄される、全世界の若者に共通するものでもあります。

「これは彼らの問題であると同時に、私たちの問題である」という「観る人の共感力」を引き出すストーリーテリングは、(広義の)イスラム圏映画の魅力のひとつ。作中の二人は「変人」ですが、観客が叙情だけにもたれず、理性的に彼らを理解し、彼ら「変人」の心に自然と寄り添っていけるよう、おそらくプロットの段階からストーリーが緻密に組み上げられています。

たった数日間の旅の間に、生きること、愛することに共に悩み、いつしか固い友情を結ぶ二人。そして物語は、自ら苦しみを乗り越えた者だけが辿り着く、希望の光を示して幕を閉じます。

 

悲壮なまでのウードの音色、インスタジェニックな場所で「自撮り」中に子ヤギに逃げられる失態、度々(観客も結構本気で)悩まされる「耳鳴り」、ピンチに現れるスーパーヒーローの珍妙な出で立ちなど、緊張と緩和の間合いも抜群で、会場は何度も笑いと感動で揺れました。

上映後、監督曰く「先日の東京での上映会と比べたら、(同じ日本での公開にも関わらず)この大阪会場ではオーディエンスの驚きや喜びの反応が顕著な点にとても感じ入った」とのこと(笑)。

今後もさまざまな「私たちの物語」が広く公開され、世界中の人々に楽しまれるよう願っています。

 

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2016年9月9日(土)

国立民族博物館 開館40周年記念

「エジプト映画『ヤギのアリーとイブラヒム』上映会」

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  1. 趣旨説明

相島葉月(国立民族学博物館准教授) 専門分野:文化人類学

  1. 映画『ヤギのアリーとイブラヒム』上映

○2016年/エジプト・フランス・UAE・カタール合作/98分

アラビア語、手話/日本語字幕付, Arabic with English Subtitles

○English Subtitling TITRAFILM ○翻訳協力(株)アミット(字幕監修:相島葉月)

  1. シェリーフ・エル=ベンダーリー監督にきく

飯泉菜穂子(国立民族学博物館特任教授) 専門分野:手話通訳養成

川瀬慈(国立民族学博物館准教授) 専門分野:映像人類学

※逐次日本語通訳、手話通訳あり

  1. 総合討論

※逐次日本語通訳、手話通訳あり

主催:人間文化研究機構基幹研究プロジェクト「現代中東地域研究」国立民族学博物館拠点

共催:早稲田大学文学部・文学研究科 中東・イスラーム研究コース

協力:国立民族学博物館日本財団助成手話言語学研究部門(SiLLR)

後援:笹川平和財団、科学研究費助成事業基盤研究(B)「中東地域における民衆文化の資源化と公共的コミュニケーション空間の再グローバル化(代表:西尾哲夫)」

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シェリーフ・エル=ベンダーリー監督

1978年生まれ。エジプトの新進気鋭の映画監督。2007年に高等映画学院を卒業後、同校で監督論を教える。2006年にショートフィルムを制作し始めて以来、映画祭の公式上映作品に選ばれるなど国際的に高い評価を受けている。『ヤギのアリーとイブラヒム』は初の長編作品。2011年のカンヌ国際映画祭で招待上映されたエジプト革命にまつわる短編フィクション・オムニバス作品『18日』に「夜間外出禁止」という作品で参加。

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profile

勝村ちひろ

ディレクター・エディター

勝村 ちひろCHIHIRO KATSUMURA

元広告会社勤務。
育児休業後、フリーランスとして、企業や自治体の広報誌・HP・広告等の企画編集・原稿制作をはじめ、
集客イベントの企画運営などに従事。
裏方気質を自認し「地味な作業の積み重ねだけが、奇跡のような結果に辿り着く」が信条。
美味しいものとお酒が大好き。